心に残る狩猟シーン4 主役は遅れてやってくる
公開日:
:
心に残る狩猟シーン
鳥の鳴き声さえしない、冷気と静寂が支配する早朝の山。
火を焚いたりはしない。いつもの猟場のいつもの待ち場で、いつもの切り株に腰をかけている。並ぶのは苦手だが待つのは得意だ。ただじっと座って犬の仕事を待つ。
斜面の谷側を背に、山側に目をこらす。
この待ち場へ来るとしたら、尾根の向こうから現れて、途中で枝分かれているどちらかの獣道へと進むはず。
僕の配置はここ。どっちを走ることになっても目の前を通過し、後ろもまったく気にしなくていい好位置である。
(今回は上の道を走ってくることになる)
そろそろ来そうだな…。
獣道の先端、尾根のあたりに意識を注いだのとほぼ同時。影が動いた。枝を踏むささやかな音が後に続く。
タイミングはバッチリだ。薬室のスラッグ弾がしゃべれたなら「早く行かせろ!」と訴えていたことだろう。
…が、このあたりは方角の関係もあってこの時間でもまだ薄暗い。走ってきたのが何か、まだ判別できない。わかるのは黒っぽい単独の生き物ということだけ。
このチームの紀州犬ではないのは確かだが、よその猟隊の犬かもしれない。撃てば当たるだろうが、まだ引けない。
しかしこのギッコンバッタンした走り方は…
さらに距離が詰まって20mほどに迫った時点で正体が判明した。やはり特別天然記念物のカモシカ様であった。これでは撃てない。(´・ω・`)
GPSを持ってるメンバーなら僕の待ち場を通ったであろうことには気付いているはず。銃声が鳴るのを期待していたかもしれないが、落胆させる報告をしなくてはいけない。
「残念、カモシカでした。予想通りのとこ走ってきたんですけどね…えっ?」
走ってきたコースを振り返りながら無線で報告していると、まったく同じところでまたしても何かが動いた。
シカの群れだった。
「おおおおおい! マジかー!!! (; ゚Д゚)」
この距離なら、聴覚に優れた彼らは僕の声をたやすく捉えることができる。もう間に合わない。獣道を大きくそれて再び尾根の向へと姿を消した。orz
つまり、犬が後を追っていたのはカモシカではなくシカだったのだ。犬に追われて走り出したシカたちの先に偶然カモシカがいて、驚いた彼は走りやすいあの獣道を先行することになった。
僕は犬はカモシカを追っているものだと思い込んでいたので、カモシカが去った時点でその後から(犬以外の)何かが現れる可能性などまったく頭になく、のんきに無線を使っていてその声を聞かれ、ルートを変えられた。こういうことになる。
報告をもうちょっと遅らせていれば。カモシカとシカの間隔があと10秒ほど詰まっていたら。少しの差で180度ちがう結果が出ていたはずだ。こういうことがあるから狩猟は面白い。
これからは、待ち場にカモシカが現れたら、去ってからしばらくは様子を見ることにしよう。
そんなマイルールを規定するきっかけとなった、ある冬の日の出来事だった。
関連記事
-
心に残る狩猟シーン1 飛ばなかった鴨
とある土曜日のこと。 いつものようにカモの姿を求め、エブリイ(←先代猟用車)で水場
-
心に残る狩猟シーン3 発砲後に視覚以外の情報で命中を確信したお話
870の筒先から硝煙がほのかにたち上り、僕はシカたちが走り去っていった尾根の先を見ている。山にはまだ
-
心に残る狩猟シーン2 猟犬の野性を見た日
うちの猟隊には猟犬が二頭いる。 一頭はベテランの紀州犬。白い。