心に残る狩猟シーン3 発砲後に視覚以外の情報で命中を確信したお話
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心に残る狩猟シーン
870の筒先から硝煙がほのかにたち上り、僕はシカたちが走り去っていった尾根の先を見ている。山にはまだかすかに先ほどの銃声が木霊している。
状況はこうだ。
川向こうの斜面に6頭ほどのシカの群れを発見。こちらがいるところははやや開けたロケーションで、銃を依託できるようなものは近くにはない。距離は40~50mほど。
当然シカたちはこちらに気づいていて、もう今にも走りだしそうなほど緊張しているのがわかる。猶予はない。僕の腕でこの距離の立射は不安だが、一番当てやすい場所、体のどまんなかを狙って一発発砲!
しかし一頭も倒れることなく、シカたちは尾根の向こうへと姿を消した。
さて、トンコロというわけにいかなかったのは明らかだが、どこかには当たったのか、それともどこにも当たっていないのか。
大型獣は被弾したことをおくびにも出さず走り去ることが少なからずある。最初の頃はよくだまされたものだ。もっとも、さらに経験を積めば、わずかな身じろぎなどにも気づけるようになるのかもしれない。
そういうこともあって、明白に外れた場合をのぞいては、とりあえずは現場に足を運ぶことにしている。当たったように見えなくても現場まで行ってみると、こんな感じで血痕が落ちていた、などというのは過去に何度でもある。
難儀しながらも、先ほどまでシカたちがいたあたりまで到着。
…ふむ。地面の状況もあいまって、遺留物の痕跡が見えにくい。血痕も毛の塊も落ちてないみたいだし、こりゃどうやら外したかな…
あきらめて次の獲物を探しに行こうと斜面を下りかけた時。とある匂いが鼻腔に飛び込んできた。ツンとくるような青臭さの混じった刺激臭。ある程度経験のあるハンターなら一度や二度は嗅いだことはあるであろう、シカの胃の内容物の匂いだ!
反芻動物であるシカは、消化器官に食物の消化・発酵をうながす微生物を飼っていて、胃の内容物は特有の臭気を発する。
この匂いがあたりに漂っているということは、さっきの弾丸が消化器官のどこかを破壊して内容物が漏れているということ。弾は当たっている! 探さないと!
シカたちの消えた方角へ尾根をのぼってみる。
獲物、若いメス鹿はわりとすぐに見つかった。とりあえず仲間たちについて尾根を越えたものの、その先の急峻な獣道は重傷の身では厳しかったのだろう。20mほど滑落したところでこと切れていた。
弾はやはり腹の下側、胃を貫通・破壊していた。滑落しなければかなり走られていたかもしれない。
このことがあってから、以降は現場で命中の痕跡を探る時、視覚だけでなく嗅覚も総動員して歩くようになった。サン・テグジュペリの「本当に大切は物は目に見えない」なんて言葉を思い出しながら。
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